志賀郷代表!情報発信ブログ。なな子の日記。

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こどもたちの健やかな成長を地域で見守りたい!
こども地元で勉強させたい!
そんな思いで学習室をオープンします
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7月30日(日)・31日(月)志賀郷にありますJA京都丹の国何北支店倉庫をお借りして七不思議マート・ほっこりサロン開催します
地元新鮮野菜や加工センターの商品などなど・・出品されます

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志賀郷公民館主催の歩こう会にて「ほっこりサロン」開催
200名を超える方が参加
公民館へ帰ってこられた方々がほっこりとサロンに立ち寄っていただきました。
志賀郷加工センターの米粉のシフォンケーキや志賀郷産米麹の甘酒、コーヒーの
「ほっこりサロン」も盛況でした。
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528日(日)

行き先 西方・藤波神社

   ~スタンプラリー~

集合時間 午前9:00 

場所 志賀郷公民館多目的ホール前スタート

 多目的ホール前で受付をしています

 歩こう会終了後、志賀郷地域振興協議会による「ほっこりサロン」が開かれます。

志賀郷加工センターのシフォンケーキやコーヒーが販売されます。

初夏のひと時をゆっくりお過ごしください。


志賀郷の魅力や情報を発信する志賀郷地域振興協議会のホームページ「志賀郷ウォッチ」をリニューアルします。

 そこで、ホームページ「志賀郷ウォッチ」やフェイスブックの企画・運営・更新のスタッフを募集します。パソコン経験や年齢は問いません。興味のある方は5月31日(水)までに志賀郷公民館49-0201までご連絡下さい。

5月20日(土)春のバラまつりに志賀郷加工センターが米粉のシフォンケーキとおでんを出店します。
たくさんの方のお越しをお待ちしております。


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夜嵐伝説 6

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<志賀郷のむかしばなし> 「 夜嵐伝説 」  その6

夜嵐の本名は仁右衛門尉忠之と言い 父諏訪相模守九郎兵衛と共に
信州から志賀郷へ移り住み 刀を鍬に持ち替え農業に従事した

そのお墓 「先祖塔」 は 志賀小学校西側の丘に建っており
子孫の梅垣氏が供養を続けている

余話
夜嵐の屋敷跡には 大正11年志賀郷公会堂が建てられた
それ以前には 「常小屋(じょうごや)」と呼ばれる芝居小屋があり 
秋には芝居が上演され露店も出てにぎわったそうだ 若宮神社の御旅所にもなって 
神輿が渡御 笛や太鼓が夜遅くまで鳴り響き 村人の楽しみが続いたという

こんな人が本当にいたのか?
大男 力持ち 信仰心厚く 働き者 そんなことで 村人からよほどの人望を集め
「偉い人だった」という話に尾ひれがついて 今の様な伝説になったのではないか

夜嵐伝説 5

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<志賀郷のむかしばなし> 「夜嵐伝説」 その5

内久井の谷は深く 峠を越えると丹後・舞鶴に通じている
昔は峠を越えて内久井へ嫁入りした人もあり 互いの交流があったようだ

夜嵐の娘も舞鶴城屋に嫁入りした が
里帰りの途中 山中の「蛇池」の大蛇に襲われてしまった

夜嵐は娘の仇討ちをしようと 弓矢を携えて蛇池に駆けつけ
 「娘の敵 顔を出せ」 と大声で叫ぶ すると 一瞬池が波立ち 大蛇が姿を現した
夜嵐がすかさず矢を放つと 見事に命中 娘の仇を討つことができた

この話とそっくりな伝説が舞鶴側にもある
舞鶴・女布(にょう)城の城主森脇氏の娘が 物部の赤井氏に嫁入り
里帰りの途中 内久井の山中で大蛇に襲われた

森脇氏は駆けつけ 弓で大蛇を退治 三つに分断して
頭部を城屋に 腹部を野村寺 尾部を由里に埋めた と伝えられている

また 頭部を埋めた跡に建てられたのが 雨引神社だと言われている
この地城屋は 現在お盆の「揚松明(あげたいまつ)」の行事で有名だが

この行事は 森脇氏が大蛇を退治した日と伝わる 旧暦7月14日に行われている

夜嵐伝説 4

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<志賀郷のむかしばなし> 「夜嵐伝説」 その4

夜嵐のいた時代 どこの村でも相撲が盛んにおこなわれていた
今のようには娯楽があまりない時 若者にとっては格好のスポーツでもあった

強すぎて近在に相手がいない夜嵐は 修行のため旅に出ることにした
道中 あちこちで相撲をしながら九州までやってきた

ある所で 噂を聞いた若者たちが
「何とかして夜嵐をやっつけよう」 と策を練っていた

それに気づいた夜嵐は そばに生えていた青竹を引き抜き しごいてフンドシにし
「さあ かかって来い」 と四股を踏む

びっくりした若者は蜘蛛の子散らすように逃げてしまった
とのことだ

夜嵐伝説 3

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<志賀郷のむかしばなし> 「 夜嵐伝説 」 その3

もうひとつ強力の話  夜嵐は よく 内久井の天狗畑へいって弓の稽古をしていた

ある日 菩提寺である興隆寺の庭石にしようと 帰途 大きな石を背負って
金河内にさしかかると

「志賀で火事が起きている」 と聞き その石を放り出し あわてて帰宅した
後刻 金河内まで戻り 石を持ち帰ろうとしたが 彼の力をもってしてもビクともしない

村人に手伝ってもらっても動かないので やむなくそのままにした

  余話 この時のものと言われる石が 今も阿須須岐神社参道沿いに残っている
      高さ1メートル 長さ2メートル程の大石で 
      昔は子供たちが登り降りする遊び場だった




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