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2015年11月アーカイブ

黄金千両はどこに?

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<志賀郷のむかしばなし>

八丁から内久井への谷は 江戸時代に石高(米の収穫量)が ほぼ千石だったことから
千石谷と呼ばれていた

この谷の西側には 300m級の山が連なっており この尾根が丹波と丹後の国境だった

この山並の一角に むかし金剛寺という寺があった (今は古寺跡のみ)
この寺跡に 伝説の歌を刻んだ石像が建っていた が
明治時代の山崩れで 埋もれてしまった

その歌は
「行けば左 戻れば左 朝日輝き夕日照らす
                  櫨の木の下に黄金千両」 というもの

この歌の謎を解けば 黄金千両が手に入るかも
でも あくまで伝説ですからね!!

幻の内久井トンネル

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<志賀郷のむかしばなし>

先の大戦中 内久井から舞鶴へ抜けるトンネル工事があった
当時の村長 梅垣氏の回顧録によると

「村の長年の悲願であった舞鶴へのトンネルを実現したいと 昭和20年1月から数回にわたり 海軍の舞鶴鎮守府へ陳情した 海軍も軍事情勢からその必要を考え実行を決定 測量を実施 城屋峠では勾配が急なので 久田美へ抜くことになり 5月15日地鎮祭が行われた 海軍の兵隊や人夫が昼夜兼行で工事を進め 150m掘り進んだところで8月15日の終戦を迎え頓挫した」

久田美側からも掘られたようだが 今は両方とも崩れて穴はふさがっている
内久井の三軒家の手前から左へ谷沿いに 小型車が通る程度の道が続いている これが当時の軍用道路・内久井トンネルの名残

近くの古老は 「子供の頃に発破の音にびっくり家の中へ逃げ込んだ・・・」 と語る


彼 (安右衛門) は 独立前
高津八幡宮正面の彫り物を師匠と一緒に作り

27歳時には向田 29歳時には屋河内の社寺にも彫り物を奉納している

独立後は
舞鶴大川神社拝殿上部に 鳳凰 龍 瑞雲などの大がかりな彫刻
   ( 明治5年 51歳時の作品 彫刻裏面に 
    「丹州福知山京町住人 彫物師 安井安右ェ義一」 との朱刻あり )  

DSC_0372縮.jpg

を残している

その他 白道路町下宮神社  中筋町島万神社  報恩寺賀茂神社  福知山久昌寺
     宮津高峰神社  夜久野今西神社 など約20か所に 彼の名前が入った彫刻がある

 

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