志賀郷代表!情報発信ブログ。なな子の日記。

トップページ > なな子の日記 > 2016年1月アーカイブ

2016年1月アーカイブ

<志賀郷のむかしばなし> 旅の僧が見た七不思議 2

藤明神に参詣後 野田泉光院は古路峠を越え 内宮 コウモリ 福知山方面を托鉢
文化12年(1815年)正月三日 再び志賀郷へ 阿須須岐神社に参詣

「志賀の里金口の宮 茗荷の生ずるを一見の詣ず」
「三筋の水流れに茗荷5本生じたり 一筋に3本 外二筋に1本づつ」
「今朝未明に生じかかり 昼時には四寸ばかりになる」
「早稲 中稲 晩稲と分け その年の豊凶を占う」
「風の吹くことあれば この茗荷たわめり」

「参詣の者夜中より群衆すること 数知らず」  と

茗荷祭の様子見聞 その参詣者の多さを書き残している
彼は その夜 柏在村(金河内公会堂裏山麓)の 平兵衛宅に泊まった
<志賀郷のむかしばなし>

日向国(宮崎県)の修行僧 野田泉光院は 6年かけて全国を旅し
旅日記を詳しく書き残している それによると

彼は200年前に志賀郷を通り 托鉢しながら民泊 七不思議を見物している
文化11年(1814年)11月 和知から山家 八田 黒谷へ

奥黒谷から山越えで オソクキ村 下村 志賀を経て 同月28日西方村の
藤明神(藤波神社)に至った 

「 (この宮の藤は)
 三度藤とて一年に三度咲くといいしかど 不浄ありて今(は)一度咲くなり」

と見聞を書いている

不浄が何なのか不明であるが

藤を都へ献上する途中 藤が白鷺となって飛び去り
以後 藤が正月に花をつけることはなくなった との伝説もある

<志賀郷のむかしばなし>

今から200年前 京都の浮世絵師 「速水春暁斎」 が  各地の祭礼などの様子を描いた本に

「正月三日 丹波志賀村 茗荷祭の図」 が残されている

村人たちが見守る中 神主が祈念している様子が描かれ

「祈念すれば暫くして茗荷が3本から5・6本生じ
             神殿に供えてその年の豊凶を占う」 とある

また 「御用柿」 のことにもふれて

「人が木の下で御用と呼べば 季節にかかわらず花が咲き実が生ずる」 と書かれている

茗荷祭の図 縮小版.jpg




















                                                                                                      
     



















                                                           

2017年10月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のコメント