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2016年11月アーカイブ

夜嵐伝説 3

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<志賀郷のむかしばなし> 「 夜嵐伝説 」 その3

もうひとつ強力の話  夜嵐は よく 内久井の天狗畑へいって弓の稽古をしていた

ある日 菩提寺である興隆寺の庭石にしようと 帰途 大きな石を背負って
金河内にさしかかると

「志賀で火事が起きている」 と聞き その石を放り出し あわてて帰宅した
後刻 金河内まで戻り 石を持ち帰ろうとしたが 彼の力をもってしてもビクともしない

村人に手伝ってもらっても動かないので やむなくそのままにした

  余話 この時のものと言われる石が 今も阿須須岐神社参道沿いに残っている
      高さ1メートル 長さ2メートル程の大石で 
      昔は子供たちが登り降りする遊び場だった



夜嵐伝説 2

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<志賀郷のむかしばなし> 「夜嵐伝説」 その2

夜嵐は強力(ごうりき)の人だった 

ある日 夜嵐が鋤を牛に引かせて田んぼを耕していると
通りかかった人が道を尋ねた
夜嵐は片手で鋤を高く上げて指し示しながら ていねいに道を教えた

すると 尋ねた人はびっくり仰天腰を抜かしてしまった
夜嵐の持つ鋤の先に何か黒いものがぶら下がっている
よく見るとそれは鋤を引いていた牛だった

彼は働き者で 自分で鋤を引いて一晩のうちに 1町の田んぼを耕すほどだった
そのことから村人たちは彼のことを「夜嵐さん」と呼ぶようになったそうだ

夜嵐伝説 1

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<志賀郷のむかしばなし> 夜嵐伝説 その1

夜嵐の話は 七不思議伝説とともに志賀郷の二大伝説の一つ
夜嵐は 身長7尺(2.1メートル) 体重35貫(130キログラム) の大男で
弓の名人 怪力の持ち主 相撲を取れば負けたことがない等々
逸話がたくさん残っている  以下 梅垣昭平氏「伝説 志賀の夜嵐」から引用

先ず弓の話
彼には白道路に儀左衛門という友人がいた
ある日二人で新築された興隆寺を見に行き 遠く白道路のフキガト山を眺めながら

 夜嵐 「あそこまで矢を飛ばせて見せてやろう」
 友人 「いくら腕自慢のお前でもそれは無理だ あそこまで13丁(1.4㎞)はある
      何なら俺があそこで尻をまくって的になってやろう」

とやりとり 明日の正午にやることになった

翌日 儀左衛門はひょっとして届くかもしれないと不安になり
フキガト山頂で山行きかごに着物をかけて 木の陰に隠れて待つことにした
すると突然「ビューン」と唸りながら飛んできた矢がかごに命中したのだった

余話 儀左衛門が記念に持ち帰ったその矢は 明治初年に白道路の平田家から
    物部小学校に寄贈され講堂に飾られていたが 
    昭和20年の敗戦で米軍が武器を没収しにくるとの話が伝わり
    誰かが隠したまま行方不明になったとのこと
    また 興隆寺の新築は元和初年(1615年ごろ)だから
    夜嵐は江戸時代初期の人であることがわかる

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